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エンゲージガーデン

※従者組のBLです。
 出会いから終戦後までのおはなし。

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 見飽きたベッドの上から、 いつものように部屋を訪れたきみが言った。
「四葉のクローバーを見つければ、願いが叶うんだ」
 やわらかな日の差し込む窓辺で、椅子から身を乗り出して語る。
「夢見がちなところあるんだねぇ」
 まじめな顔のきみを笑う。
「願ったとしても、望みが叶うものじゃないよ。その証拠に僕はいつまでも、治らない」
 そんな僕の態度に、彼は少しムキになったようだった。
「おれが絶対四葉を見つけてくる。そしたらお前にプレゼントしてやる。病気なんて、あっという間に治るに決まってる。おれが、ヤスツナの願いをかなえるんだ」
 僕は達観した子供だった。慰めの適当な言葉だろうとわかっていても、喜んでいるそぶりを見せた。
「ありがと。期待してるよ」


 きみは覚えていないだろう?


 幼い頃の夢を見た。
 まだ部屋にこもりきりだった頃、訪ねてきた友人と交わした言葉だ。
 あれからあまりにも長い時が過ぎ、僕は自由に走り回れる体を手に入れた。
 当時の親友は、いまもそばにいる。
 しかし、彼はすっかり大人になってしまった。僕より小さかった背は高く、よく通るアルトの声はどっしりと低くなった。あの頃のように、必死になったり感情を吐き出すようなことはなくなってしまった。

 今も隣をのぞきこめば、仏頂面のまま裸で眠っている。
 カネサダは無口だ。
 物静かで、ストイックで、男らしくて、でも器用で。何を考えているのか、わからないところさえある。
 何年もいちばん側にいる。それなのに、わからないことだらけだ。
 その寝顔にキスをする。僕は、きみの気持ちがわからない。
 こんなに、きみを愛しているのに。


「ただいま」
 重い荷物を下ろし、余所行き用の外套を脱ぐ。ベッドに腰掛け一息つくと、鎧の手入れをしていたカネサダが控えめに話しかけてきた。
「……おかえり。休暇は満足だったか」
「うん、有意義だったよ」
「そうか」
 そう言って、思い出したように付け加えた。
「誰に会ってきたんだ?」
「母だよ」
 その表情が驚きを見せる。
「縁談、断ってきたんだ。僕はずっと、ひとりで良いと」
「おまえ」
「血筋も財産も家族も、全部姉さんに譲る。僕はここでお嬢様とともに生きて、そして死んでゆくよ」
「簡単に、そんなこと言うな」
「本気だよ。悩んで悩んで、僕が手にした選択なんだ。きみにとやかく言われる筋合いはない」
「ヤスツナ」
「全部捨ててもいい」
「………」
「その覚悟がきみにはあるの?」
「………」
「僕がきみより大切だと思う相手は、たぶんこの先も現れないよ」
 カネサダは答えない。
「……時間をくれ」
 ようやく吐き出された言葉は、そんな曖昧なものだった。
 もう僕たちは戻れない。そう強く、ただ強く確信してしまった。


 どんなに長い雨も、やがては止む。
「騎士団長の皆様…最後まで本当にありがとうございました!」
 リーシャが高々と宣言する。
 長きに渡る戦争が、ようやく、幕を閉じたのだ。
「やっと鎧が脱げますね」
「戦いで心も体も傷ついた方はまだまだいます!これからは世界を癒しにまわりますわ!」
「どこまでだってお供致しますよ」
 決意を新たにするサヤ様と、ずっと支えていくという意思を告げるムラマサさん。
「まだ終わらない、か。そうだな」
 ため息をついていたカネサダも、なにかを決意したようだった。
 そうだ。
 戦争は終わった。けれど、僕らの人生はまだずっと続いていく。
 たとえ幸せだろうと、不幸せであろうと、叶わない望みを抱いているとわかっていても。


「ヤスツナ。見せたいものがある」
 そう言って誘い出されたのが、互いに休暇をとった、星の日。
「わぁ、凄い。綺麗だ」
「凄いだろう」
 晴れ晴れと澄んだ青空のもと、案内された先には、見渡す限りの花畑が広がっていた。
「お嬢様が見たら喜ぶだろうな」
「そうだな」
「見せたかったものって、これかい」
「綺麗なものは、みんなおまえに見せてやりたいと思うんだ」
 隣に並んだカネサダは、不意に話し始めた。
「お嬢様が喜ぶだろうな。そう、考えるべきだ。けれど、おれは、おまえの顔が浮かんだ。誰よりも先に」
 横顔の視線が遠い。
「初めて会ったとき、おまえは下を向いて世界を憎むような顔してただろ」
「人より体が弱かったからね。どうして僕は自由じゃないんだろうって」
「おれは、はじめておまえを見て、なんてきれいな顔をした奴なんだろうと思った。こいつは笑わせてやらなきゃいけないんだって、使命みたいに思った」
「そう」
 確かに僕はきみに会って笑うようになった。替わりに、きみはどんどん笑わなくなっていった。
 まるで、きみの心を譲り受けたかのように。
「すまない」
 カネサダはそう、吐き出した。そのたった一言に、あらゆるものに謝罪するような、そんな重さがあった。
「おれは家族もお嬢様も、捨てることはできない。すべてが大切で、すべてを守りたい。ひとつだけ、選ぶなんて出来ない。だからおれは、全部手に入れて、全部大切にしてやる」
「カネサダ」
 彼はため息をつく。
「自分がこんなに強欲だなんて、知らなかった」
 物静かで、禁欲的で。そんなきみが心情を吐露するのはめずらしかった。あまりにも上手に隠されていたそんな感情は、まるで知らなかった。
 不安げなその横顔は、まるで幼い日の頼りない少年そのもののように見えて。
「父も、お嬢様も、ムラマサさんも、愛するものには笑っていてほしい。おれが守りたい、愛したいと思うなかで、お前だけ、お前だけが、笑っていなくて。それが、ずっと気がかりだった」
 俯いて、口下手なきみがひとつひとつ言葉を選ぶ。これで正しいのか、と確かめるように。心からの切実なきみの声。大丈夫。ちゃんと、胸に響いてるよ。
「笑ってるだろ、僕は、ほら」
「でもお前は心の奥では、ずっと泣いていた」
 見透かされたみたいだ。僕は黙りこむ。その通りだ。ほんとはずっと、泣いていた。つらくて、不安で、悲しくて。僕だけがなにも手に入れられないと思って。けどそれはエゴイズムだとも、望んではいけないとも思って。こんな汚い感情は誰にも言えずに、ひとりでずっと心の奥に閉じ込めていた。
「たとえば。なんでも叶えられる、魔法が使えたらよかった。それしか、無力なおれには、願うことしかできなかった。誰でもいい、なんでもいいから、おれの望みを叶えてくれと」
 出会いのあの日から。僕もきみも動けずに、思いを押し込めてきたのだろうか。誰にも見せない願い事を、隠してきたのだろうか。
「おまえだって、望んでいいんだ。欲張ったっていいんだ。何もかも捨てなくたっていい。ヤスツナが抱え切れないものは、おれも一緒に背負ってやる」
 二人の間を風が横切った。そんな風に熱くなるきみを久方ぶりに見た。あの日のベッドサイドの少年が、脳裏をよぎった。
「やっと、言える」
 カネサダが僕をまっすぐに見た。ブラウンの瞳の色は、あの頃と変わらない。なのにその視線は、遠い未来を見るように少しずつ大人びていった。僕はいつまでも、きみの視線に追い付けなかった。その目が、今は僕をしっかりと捉えている。
「おまえの願いが、叶いますように」
 カネサダは僕の左手をとる。通されたのは、四葉のクローバーで紡がれた質素な指輪だった。
「四葉のクローバーなんて、意外と見つからねぇんだ」
 それは。
 あの日の、約束。
「……何年待ったと、思ってるんだよ」
「忘れてたくせに」
「病気なんて、もう治っちゃったよ」
「すまない」
「ずっと探してたの? バカじゃない」
「ああ、バカなんだ」
「でも…でも、四つ葉を探してる間は、ずっと僕のこと考えながら、探してくれたんだろう」
「大変だったぞ」
「……何年も、何年も」
「今まで、ずっと、探しながら」
「ばかだよ」
「おまえの事だけ、考えてた」
「ばかじゃないか」
 言いながら、僕の声は震えていた。
「僕の願いなんて、とっくに叶ってるよ」
「強欲だっていい。もうひとつ、願えばいいじゃねぇか」
「叶えてくれるの?」
「ちゃんと言わないと、叶わねぇぞ」
「やっぱり意地悪だ」
 思わず笑みがこぼれる。カネサダも笑顔で答えた。何年ぶりに見た、自然な笑顔だっただろう。
「カネサダとずっとずっと、愛し合えますように」
「お安い御用だ」
 抱き寄せられ、僕はカネサダに身を委ねた。了承のあかしに目を閉じると、唇を重ねられた。
 ねだるように、僕も応じる。
「四葉は」
 吐息の間に、カネサダは囁くように言った。
「おれの願いまで、叶えてくれたんだな」
 ねえ、きみはなんて願ったの?
 そう問いかけるかわりにキスの続きをねだった。返される愛撫が答えだ。
 今度は、ふたりでクローバーを探しにいこう。
 このキスが途切れたら、そんな約束をするんだ。そう思いながら、また目を閉じた。

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