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ラストシーンをもう一度 【another if】

このお話は、「もしも、あの時…」の可能性で書かれた、「if展開」の物語です。
登場人物や舞台設定は同じですが、本来の展開とは異なります。
ご想像通りいつものBLです。
すごい長いよ!
PDF版を用意しております。ご希望の方はメールフォームからお問い合わせください。


ラストシーンをもう一度 (Last scene once again)


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「なぁ、デートしよ」
 快晴の星の日。朝食を終えたばかりの恋人に誘いかける。黒髪に長身の魔術師、ワタルは一瞬きょとんとしていたが、ふっと笑って、快諾してくれた。
「いいですよ。デートしましょう、タクマさん」

「急に付きあわせちゃって悪いな。どうしても、今日行っておきたくて」
「いえ。俺もタクマさんとお話したかったですし」
 最小限の身支度を済ませ、ユニオンの門を出る。どこへ行くのかとも聞かず、ワタルは静かについてきてくれた。小石を蹴りながら、なんでもないことを話す。
「まえ話したよな。オレさ、両親の顔も知らなくて。シスターに拾われて教会で育ったんだ」
「はい」
「星の日には、幸せそうな夫婦が結婚式を挙げて。みんなみんな、笑ってた」
「すてきな教会だったんですね」
 戦争の只中にありながらも、小さな教会には幸せが満ちていた。幼いオレには、そんな幸せな世界がすべてだった。
「ちっちゃい頃は式が開かれるたびにこっそり覗いて、牧師様のマネをしたんだ。聖騎士を目指す前は、牧師になろうなんて思ってたよ」
 似合わないだろ、と笑いかけると、そうかもしれませんね、と正直に返された。
「でも、やっぱり式にはあこがれた。オレもいつか、あんなふうに誰かと笑えるのかなって」
 ふと、ワタルは立ち止まる。
「ごめんなさい。俺じゃ、その夢は叶えられなかった」
 男と、男。実を結ばぬ恋。オレたちの間に生まれた恋愛感情は、誰にでも祝福されるようなものではなかった。それでも。
「なに言ってんだ。今から叶えるんだよ」
 割れたステンドグラス。崩れた十字。たどりついた場所には、朽ちた教会があった。
「オレが新郎で、新婦で、牧師だけど」


 以前周辺警護で訪れた際、ここを見つけておいたのだ。さすがに入ろうとするのは初めてだけれど。
 扉は壊れ、閉ざされていたため、大きな穴の空いた壁から侵入した。
「ひゃー、やっぱり埃っぽいなぁ」
「それでも、立派な場所だったみたいですね。こんなに大きなステンドグラスがある」
 教会の中はいくつもの窓から射す光のおかげで、意外と明るかった。
「この場所で、どれくらいの人たちが祝福されたのかな」
 もちろん幸福な式だけではなかっただろう。叶わぬ恋も、悲しい別れもあっただろう。だれも祈らなくなった十字に思いを馳せる。不意に、背中からそっと抱きしめられた。
「どうしたの」
「急に抱きしめたくなって。ここなら誰も見てませんから」
「案外、ここに残った亡霊が見てるかもしれないけど」
「はは、やめてくださいよ」
 ゆるめられた腕の中で、振り向いてみつめあう。
「実は、この戦いが終わってから渡すつもりだったんですけれど」
「もしかして」
 ワタルは持ってきていた小さなポーチから深い紺色の小箱を取り出す。大切そうにそれを開いてみせると、中にはシンプルな銀細工のアクセサリーが収められていた。思わず言葉をなくす。
「そう、結婚指輪です。さぁ、手を貸して」
 皮手袋を脱ぎ、差し出された指に左手をかさねる。ワタルは恭しく左手の薬指にリングを通して、口付けてくれた。
「よかった。サイズもぴったりですね。ベレンドの職人さんに、こっそり注文しておいたんです。驚きましたか?」
「うん……びっくりしたよ。嬉しくて、嬉しくて」
 オレはいま、どんな表情をしているんだろう。そんなこともわからないくらい驚いていて、泣きそうで、それ以上に嬉しかった。
「これは、俺からあなたへ。そして、こちらをあなたから俺へ、頂けますか」
 渡された上品な臙脂色の小箱を開け、リングを手に取る。その内側には、「T to W」と刻印されている。
「T to W……タクマから、ワタルへ」
 預けられた左手にリングを通す。やせた長い指に、銀のリングはぴったりとおさまった。
「ありがとう、タクマさん」
「うん。あのさ……うん。はは。こういうときなんて言えばいいか、わかんないや」
「その笑顔が見られれば、充分です」
 そう言ってやさしく髪をなでてくれた。きっとオレは、あの教会の花嫁みたいに笑っていたんだろう。
「それじゃあ、指輪の交換が終わったところで、牧師様。誓いの言葉を」
 わざとらしくそんな風に言われた。りょーかい、とおどけて見せて、深呼吸。
「病める時も、健やかなる時も。喜びの時も、悲しみの時も。富める時も、貧しき時も」
 すっかり覚えてしまっていた、お決まりの言葉をつむぐ。
「これを愛し、敬い、ともに歩み。彼のものの誠実なる伴となり、愛するものを護り。死が二人を分かつまで、この剣と聖女の前に清らかな愛を誓いますか?」
「誓います」
「じゃあ、誓いのちゅー、して」
 最後の最後で緊張が解けてしまった。ワタルは吹き出して、そっと肩を抱き寄せてくれた。目を閉じて、恋人の返事を待つ。
「心得ました、俺の愛しい騎士さま」
 くちびるに甘くやさしいキスが降ってくる。愛しさをかみしめて、オレは恋人を全身で確かめる。
 オレ達は明日、最後の戦いに挑む。
 この幸せな時間が、どうか今後も続きますように。
 ユニオンの空の美しく晴れ渡る、決戦前夜だった。




 ネルムの深部に足を踏み入れると、ぞっとするような叫びが鼓膜をふるわせた。
 この先に、混沌の王がいるのだ。星石の剣の鞘に巻きつけたロザリオが祈るように揺れる。オレは振り向いて、長身の魔術師に言葉をかける。
「なあ、ワタル。この戦いが終わったら、改めて教会へ行こうな。ちゃんとみんなに認めてもらって、おまえの師匠にも会いに行くんだ」
「やめてくださいよ、タクマさん。なんだかそういうのって、これが最後みたいで」
 彼は困ったように笑う。その表情は少し緊張していた。
「あはは、そうかも。でも、言っておきたかったんだ」
「俺は言いませんよ。勝つって、確信してますから」
 ツバサ、ユウキ、そしてオレを見渡して、ワタルはほほえんだ。
「みなさんが全力で戦えるように、バックアップします」
「そりゃあアタシも同じだよ。回復はまかせときな」
「攻撃は僕とタクマさんに任せて。ワタルくん、弱いんだから倒れないようにしなよー?」
「はは、気をつけます」
 ツバサとユウキも力強く言葉を交わす。
「大丈夫だよ。この剣にかけて、ワタルはオレが守るから」
 オレはそう言った。

 そう言ったのに。


 あと一撃。
 満身創痍でネクストプラスの構えをとり、シャインブレイクの体勢に持ちこんだオレは、きっと完全に油断していたんだ。
 最後の最後。捨て身で繰り出された予備動作なしの混沌の王の追撃を、避け切れなかった。
 目前に迫る、死の圧力。
(あ、)
 ユニオンへ来てからのことがくるくると思い出された。これが走馬灯か。やけに冷静に、そんなことを思った。
「タクマさん、伏せて!」
 その声に振り向く間もなく突き飛ばされた。
 鈍い痛み。通り過ぎる轟音。一瞬なにが起きたのか、わからなかった。
 次に顔を上げたとき見たものは、攻撃をまともに受け、ボロボロになった魔術師の姿だった。
「……ワタル?」
 オレはうわごとのように彼の名を呼ぶ。返事はない。その唇が、力なく言葉を紡ぐ。
『は や く』
「タクマぁ!何ぼさっとしてるんだい、最後のチャンスだ!アタシが代わりに魔力を注ぐよ、いけ!」
 滅多に聞くことのない、雄々しい声にようやく意識が引き戻される。
 鬼気迫るツバサの表情。肩で息をするユウキ。そして、オレをかばった、ワタル。
(そうだ)
これで、終りにするんだ。
「みんな、オレに力を貸してくれ!」
「やぁあああああっ!いけ、タクマ!」
 凝縮された魔力が、体に注ぎ込まれる。今しかない。渾身の一撃を放った混沌の王はまだ立て直せない。
「ぜぇえやあああ!!」
 全身全霊の力をのせて、剣を叩き込む。地底の暗闇を、雷鳴が引き裂いた。
 恐ろしいほどの轟音と共に、沈んでいく巨体。
「やっ、た……、やったよぉ!」
 オレ達は、勝ったんだ。
 ユウキの歓声を聞きながら、オレはワタルのもとにかけよった。すでにツバサが治癒魔法を施していたが、破れた服や折れた杖は痛々しくて、正視できなかった。
「ほら、脱出するよ!ワタルを抱えて走るんだ、できるね!」
 返事もせずにやせた長身を抱き上げて、駆け出した。
(ワタル。ごめんな、守れなくて。ごめんな。すぐ、手当てするから)
 懺悔するように、ひたすらに出口を目指した。鞘のロザリオが千切れていたことに気づいたのは、数日後だった。

 オレの祈りは、きっと届かなかったんだ。



 それからどれくらいの時間が過ぎただろう。

 色々なことが起こり、団長はずいぶん忙しそうにしていたが、オレは第一部隊の先輩、ショウさんに聖騎士の役目を引き継ぎ、騎士の勤めを休ませてもらっていた。
 混沌の王と向き合い、大きな傷を受けたワタルは昏睡状態に陥っていたからだ。
 できる限りの処置をほどこしたあとツバサに頼み込み、オレは恋人の看病を譲り受けた。
「守ってやれなくて、ごめんな。オレがずっとそばにいるから、早く、目を覚ましてくれよ」
 髪をなで、体を拭き、できるだけ離れないようにと食事も部屋に運んでもらって食べた。
 ときにはそっと、ベッドに潜りこんで一緒に眠った。

 そうして一週間がすぎようとしていたころ、ついにワタルが目を開けた。
「ワタル!よかった、よかった……目を覚ましてくれて」
「……俺、は」
 ぼんやりと口を開き、横たわったままあたりを確認する。オレはどうにか喜びの涙をこらえた。
「ここは、どこですか?」
「騎士団の宿舎だよ。あれからオレが運んだんだ。もう大丈夫だからな」
「宿舎」
 初めて聞いた言葉のように反芻する。そこでようやく、ワタルはオレの顔を見た。いっぱいに笑いかけてみせる。
「あなたが看病してくださったんですか、ありがとうございます」
 その言葉に、違和感があった。
「当たり前だろ、そんなの……」
「すみません」
 すぐ謝るクセ。それはいつもの遠慮だと思った。だから次の言葉を、オレは予想できなかった。
「あなたは、誰ですか?」


「ごめんよ。アタシが、もっと早く気づいていれば」
 記憶喪失だ、とツバサは言った。
 あれからツバサを呼び、状態を見てもらったあとオレは別室でワタルの病状について説明を受けた。
 大きなショックを受けると、脳に影響が出ていろんなことを忘れてしまうという。
 そしてワタルは、おそらくこの騎士団に来てからのことをすべて忘れている。
「師匠の名前や地名なんかは全部覚えてたよ。ここへ来てからの数ヶ月が、すっぱり抜け落ちちまったみたいだねェ」
 人名は団長の名前をわずかに聞いた覚えがある程度だった。今の彼にとっては、ここにいる仲間はみんな「知らない人」なんだ。
「さすがに一度に思い出させるには、アイツの方にも無理がある。ツラいだろうけど、ちょっとずつ思い出してもらうしかないね」
 騎士団のメンバーにも極力触れないようにと伝えておく、というようなことをツバサは言った。
「あるいは、記憶は戻らないかもしれない。それだけ、覚悟しておいておくれ」
 オレの頭は、あんまりうまく働いてはくれなかった。


「こんにちは、タクマさん」
 部屋に戻ると書き物机で本を読んでいたらしい彼は顔を上げ、低く穏やかな声でオレを呼ぶ。でも、その響きはあの頃とは違う。いつもなら、おかえりなさい、だったんだ。
「この騎士団宿舎では、俺とあなたはルームメイトだったんですね」
 もう、すっかり容体はいいようだ。ほんの短い時間でワタルは部屋の私物から察したらしい。
「よく片付いている」
「ワタルが、いつも掃除してくれてたんだ」
「そうだったんですか」
 ついつい部屋を散らかすと、またタクマさんは、と小言をいいながらもきれいに整頓してくれていた。ワタルが眠っていたあいだにいくらか散らかっちゃったけど、いまは気にする様子もない。
 ワタルはベッドに腰掛け、辺りを見回す。
「指輪」
 ベッドサイドに置かれた銀細工に気づき、ぽつりとつぶやく。
「俺は、結婚していたんですね」
 信じられないな、と他人事のようにもらす。
「T to W ……俺の奥さんのイニシャルは、Tか」
 指輪の内側に刻まれた文字を読み上げ、ワタルはいくつか女性の名を挙げる。その中に、オレの名前はない。まさか思いもしないだろう、同性と愛し合っていたなんて。
「どんな女性だったのでしょうか。タクマさん、ご存知でしたらいずれ話を聞かせてくださいね」
 目の前に、いるよ。
 おだやかに笑う顔には、名乗ることができなかった。


「あのとき、僕がワタルくんは弱いなんて言ったから。あんな風に身を呈して誰かをかばえるワタルくんは、誰よりも強いよ。冗談でも、あんなこと言わなきゃよかった」
「後悔はアタシも同じだよ。目の前で負傷者を出しておいて、なにが聖職者だ……クソっ」
 ワタルを除く第三部隊の面々は、ラウンジで顔をつきあわせていた。ツバサの上品な顔が苦々しく歪み、いつもは明るく振舞うユウキも終始うつむいている。
 ユニオンの明るい日差しが差し込むこの部屋も、今は重苦しい。
「ふたりは悪くねーよ。オレが守るって、言ったのに……なにもできなかったんだ」
「なぁ、タクマ。ワタルはアンタに託したんだ。願いを、祈りを、最後の一撃を。だからアンタも悪くない。誰が悪いなんてのは、これで言いっこナシにしよう。今はワタルを支えてやるんだ」
 年長者でもあるツバサの言葉にオレとユウキは頷く。不安なのは、きっとオレ達だけじゃない。
「ワタルくんも、不安なんだよね」
 オレの想いをユウキが言葉にした。それから誰も喋ることはなく、ラウンジの会議はお開きとなった。


 記憶を失ったとはいえ、体の自由を取り戻したワタルは進んで宿舎内の雑用をこなすようになった。まるで、居場所を探すように。
 掃除や料理の手順は体が覚えているようで、食卓にはかつてのような素朴でやさしい味わいの料理が並び、団員を喜ばせた。
 それでも、その味付けはオレが好きだったものより少し苦かった。
 騎士団の面々、とくに同じ部隊で戦ったツバサとユウキは親しく言葉を交わし、少しずつ打ち解けているようだった。

 そんなふうにしてワタルはオレにもよく話しかけてきた。
 いままでと変わらない、けれど全然違う笑顔で。
 オレはというと、なにを話せばいいかもわからず、ふたりきりになるとつい顔を背けてしまった。
「タクマさんは、俺のことが苦手だったのでしょうか」
 ある日、そんなことを言われた。そんなことはない。そんなことはないんだ。
「なにか失礼なことをしていたのだとしたらすみません。俺はタクマさんとも仲良くしたいです」
 どんな顔をしていいかわからなかった。だからうつむいたまま、嫌いじゃないよ、と言った。
「よかった。タクマさんはいつも一番近くにいてくれたみたいですから、嫌われちゃったら悲しいです」
 いつか聞いた言葉だった。
「嫌いになんて、ならないよ」
 だから、オレはいつかのように返した。
 嫌いになんて、なるわけないよ。



 ある日の昼食後、ワタルは食器を片付けると、食堂に残って本を読んでいたツバサに歩みよった。
 することもなく部屋に残っていたオレは、ふたりの間に交わされる会話をなんとなく聞いていた。ほとんどは第三部隊の戦術や魔術に関することだったが、不意に話がそれ、思い出したようにワタルが言った。
「そうだ。ツバサさん、俺の恋人について、なにかご存知ですか」
 息が止まる。
「……ホントに。忘れちまったのかい」
 ツバサは、ちらりとオレの姿を確かめた。静かに答える声には、たしかな怒気が込められていて。
「ええ。その、俺の妻は、ユニオンにいるのでしょうか。それとも、どこか遠いところに」
「おまえ……!」
「やめてくれ、ツバサ!」
 いまにも激昂し掴みかかろうとするツバサを制する。
「タクマさん」
「ワタルも、ちょっと記憶が混乱してるだけなんだよな。悪くないよ。だれも、悪くない」
 それは、ほとんど自分に言い聞かせる言葉だった。
「あの、あなたは」
「ごめん、オレもなんも知らないんだ」
 むりやり笑ってみせて、言わないで、と目で示した。
 ツバサは少しとまどったようだったけれど、黙っていてくれた。オレは、逃げるように食堂をあとにした。
『俺の妻は、』
 だって、どんな顔をすればよかったんだろう。
 おまえの探している「彼女」なんて、どこにもいないって。



 それでもワタルが順調に回復し、魔術の使用にも支障がないということがわかり、第三部隊は護衛や警備を中心とする簡単な依頼をこなしていった。
 そうして勘を取り戻し始めたころ、村のそばに現れ人々を怯えさせているというドラゴンの退治を命じられた。
 第一部隊は前線、第二部隊はその援護に回っていたためあいた手はなく、オレ達が抜擢されたらしい。

「大物相手は久しぶりだな」
 あの、混沌の王以来だろうか。オレはあの日を思い返しながら、くるくると剣を回す。
「なァ、ワタルに本当のことを言わなくていいのかい」
 道すがら、ツバサが問いかけてきた。
「いいんだ。いまは、目の前のことを考えないと」
 とっさにそう言った。本当はどうしたらいいかわからなくて、目の前のことを考えるしかなかったのだけれど。
 少し後ろを歩いているワタルとユウキには、きっと聞こえていないだろう。
 ワタルは少しうつむいて、ユウキの話にただ相槌を返していた。ふと顔を上げた目が合い、笑い返してくれたようだったが、オレは気付かなかったフリをした。
「そうかい」
 その一部始終を見ても、ツバサはもうなにも聞かないでいてくれた。
 指示された場所には、大きな赤い龍がいた。
 畑の作物を無造作に食い荒らし、ここは俺の場所だぞ、とでも言うように大きな顔をして居座っていた。
 ヒトの姿を認めたドラゴンは、羽根を広げて威嚇する。
「ここはおまえの遊び場じゃねえぞ。おとなしくお家に帰りな!」
 ラピッドムーンの陣形をとり、最速で呪文を唱えたツバサがオレの体を軽くする。
「ありがとう、助かる!」
礼の言葉を投げかけ、ネクストプラスの構えをとると斜め後ろで杖を構えるワタルに叫ぶ。
「ワタル、次の攻撃でいくぞ!魔力を注いでくれ!」
 しかしかつてのような返事はなく、連携のタイミングが少し遅れた。オレは彼が合体連携の記憶も失っていることを忘れ、いつものように振りかぶってしまった。
(やべえ)
 剣の軌道が大きく逸れ、体勢を崩したところを見逃さずドラゴンが牙を剥く。
「タクマさん、危ない!」
 その声に、いつかの悪夢がよみがえる。
 後ろにいたはずの青いローブが、かばうようにオレとドラゴンの間に割って入る。まるでスローモーションのように。
「やめろ!!」
 強引に踏みとどまったオレはワタルを真横に突き飛ばし、ドラゴンの顔面を力任せに叩き斬る。
 咆哮をあげたドラゴンはひるんだのか、両翼を広げて飛び去ろうとした。
「逃がさないよ!ツバサさん、援護して!」
「言われなくてもっ!」
 ツバサの呪文によって強化されたユウキの弾丸が、龍の首元を撃ち抜く。大きくバランスを崩したドラゴンは、ふらふらと墜落していった。
「体の自由を奪う強力な弾丸だよ、しばらくは立て直せないだろうね」
 自信たっぷりにユウキは言った。
「ユウキ、縛り上げて兵を呼ぶよ。手伝って」
「りょーかいっ」
 手早く捕縛の準備にかかるふたりを尻目に、ワタルがようやく立ち上がる。
「いたたた、大丈夫そうですね。タクマさんが無傷でよかった」
 ローブの土を払いながら、頼りない顔が笑う。
(なんでだよ)
 オレのことなんか、忘れてたくせに。
(なんで)
 おまえは、そんなにやさしいんだ。
「オレは聖騎士だぞ、おまえにかばってもらわなくても平気だった」
「ごめんなさい」
 ワタルは丁寧に頭を下げ、困ったように笑い言った。
「体が勝手に動いちゃって。あなたが傷つくところを見たくなかったんです」
 傷つくおまえを見る、オレの気持ちはどうなるんだ。ほんとにわかってない。わかってないんだ。
 そういうところは、ぜんぜん変わらない。
「あなたは、小さな体ひとつで前線に立って、俺たちを守ってくれて。それを見てたら、なんだかどうしようもなくなっちゃって」
 ワタルは言う。いつだったか、そんなことを前にも言われた気がする。
「みんなを守るのが、オレの役目だから」
「でも、俺たちは四人でひとつの部隊です。俺たちのことも頼っていいんですからね。なんて、さっき失敗したばかりの俺がいうのもなんですけど」
 形のいい眉をよせて、困ったように笑う。オレの大好きだった笑顔。向こう側から、ユウキとツバサが走ってくるのが見えた。もう人手の確保は終わったのだろうか。
「充分頼ってる。ツバサの援護、ユウキの攻撃、みんなの力がなかったら勝てなかった。おまえだって、一瞬でもあいつの気をひいてくれた」
 それは事実だ。おまえはオレをかばってくれたんじゃない。ドラゴンの気を引こうとしたんだよな。そんな風に自分に言い聞かせる。
「ありがとうございます、俺まで気にかけてくれて。タクマさんのそういうところ、好きです」
 やめてくれ。
「まっすぐで、強くて、優しくて。あなたに愛される人は、きっと幸せです」
 やめて。
「オレは」
 オレはおまえを、幸せにしたいんだ。
 そう言葉にするには、まだ問題が多すぎて。

「ああ、もう!どうしてそんな残酷な事が言えるんだよ!」
 離れて聞いていたユウキが声を荒げた。
「タクマさんがいちばん大切にしてたのは、ワタルくん、きみなんだよ!」
「え……」
 とまどうような、声。
 ああ、精一杯、隠してきたつもりだったのに。

 もう、限界だった。
 これ以上涙はこらえられない。
 ぼろぼろと、雫が落ちる。
「タクマ、さん」
 どうしたの、泣かないで、泣かないでとまるで子供でもあやすようにワタルが言う。
 優しくしないで。
 おまえがオレを忘れても、オレはおまえがずっと好きなんだよ。

「ごめん、タクマさん。僕、僕……見てられなくて……」
「ユウキ。アンタは悪くない。いつか知ることだったのさ。よく聞け、ワタル。アンタが知りたがってた恋人は、目の前にいるタクマだよ」
 言わないでって、いったのに。
 ワタルはハッとしたように、オレを見る。
「そんな」
 その驚いたような表情に、傷つかなかったといえば嘘になる。
「でも、もういいんだ」
 どうすればいいかわからなかった。どう言えばいいかわからなかった。
「もういいんだ!」
 だから、その場を逃げ出した。
「タクマさん!どこへ行くんですか、タクマさん!」
 大好きだった相手のそばにいることさえ辛くて、駆け出した。


 隠れるように逃げ込んだ先には、崩れた建物があった。
 かつては美しかっただろう、戦争でうしなわれた景色を思う。独特なつくりから、この建物は教会だったのだろうと判った。
 ぎぎぎ、と重苦しい音を立てて壊れた扉を力任せに開ける。
 廃墟の中は汚れていたが、今にも賛美歌が聞こえてきそうな神聖さがいくらか残っていた。それでも扉や壁に張られたクモの巣が、ここにはもう誰も祈りを捧げないことを証明していた。
 その奥へ進むと、予想通りひび割れたステンドグラスの天使がオレを迎えてくれた。
(あの時もこんな教会で、誓ったっけ)
 いつかの誓いを思い出す。牧師も祝ってくれるものもいない、ふたりだけの結婚式。
 やけに明るいステンドグラスの光の中で、オレはひとり涙をぬぐう。どうせ割れた天使しか見ていない。
 そうしてずいぶん長い時間思い返していたのだろうか、じゃり、と誰かがガラスを踏みつける音で現実に引き戻された。
「タクマさん」
 振り返ると、ワタルがぽつりと立ち尽くしていた。
 やけに落ち着いた気持ちで、オレは言葉を返す。
「クエストはいいのか」
「話を、つけてこいって」
「そっか」
「本当、なんですか。俺はタクマさんと、その、結ばれていたって」
「ほんとだよ」
 ああ、バレちゃったな。やっぱりごまかせないか。
「男同士、なのに」
「うん。そうだよ。でも、おまえは記憶をなくしちゃったんだ。もういいよ。お別れして、今度はちゃんとした女の子を好きになればいい」
 心とは裏腹な言葉だけがこぼれる。
「タクマさん」
「ほかの女の子を好きになって、おまえは新しい暮らしをやりなおせる」
「どうして、そんなことを」
「やりなおせるだろ、おまえは、正しい恋を!」
 でも、オレは二度とやりなおせない。この気持ちに嘘なんかつけない。
「そんなこと言わないでください」
「やさしくすんなよ!」
 触れようとしてくるワタルを見もせずに片手で突き飛ばした。細長い体はあっけなく引き下がる。
「オレのこと、忘れちゃったくせに!」
「タクマ!」
 瞬間、ワタルが声を荒げた。怒ったのかよ、と言い返す暇もなく細長い腕に抱きすくめられた。
「黙って……」
 それだけささやいて、唇をふさがれた。
「ん……」
 突然のキスだった。
 甘噛みされ、こじ開けられた唇に舌が入り込む。
 大きな手のひらで耳をふさがれると、舌の絡み合う水音が頭の中を埋め尽くして、その甘い響きがオレの全身を支配する。力なんて入らない。
(あぁ)
 キスをするのは、いつ以来だっけ。
(やっぱり嘘はつけないや)
 ぬぐったはずの、涙がまたあふれる。
(ずっと欲しかったんだ)
 悲しかったんだ。忘れられて。悔しかったんだ。オレだけが片想いで、いるはずもない架空の恋人に、ワタルを奪われているみたいで。
(あったかい、オレの大好きな人)
 もういいなんて、他の人を好きになれば良いなんて、そんなの嘘だ。だって、心も体も、こんなにおまえを求めてる。
(もっと、抱きしめてほしいよ。何度だって抱きあいたいよ)
 やせた背中に手を伸ばす。応じるように、大きな手のひらが包み込むように髪をなでてくれた。
(好き。ねぇ、好きだよ)
 名前を呼んでくれなくたって、ほかの人を見てたって、忘れられたって。オレがおまえを好きなことは、ずっと変わらないんだ。
(いつからオレは、こんなワガママになっちゃったんだろう)
 叶うなら、名前を呼んでほしい。こっちを見てほしい。そばにいてほしい。その手に触れて、髪をなでて、抱きしめてキスをしてほしい。
 恋は人を変えると誰かが言っていた。きっと、よくも悪くも。
 オレはワタルに、どれだけ変えられたのかな?
 口内をたっぷりと味わいつくされ、唇が離れる。名残を惜しむようにとろりと唾液が糸を引いた。
「おとなしくなってくれたね」
 長い長いキスのあと、いつもみたいなやさしい声でそう言って微笑んで。
「どうしてもしたくなっちゃったんです。ちょっと乱暴にしちゃって、ごめんなさい」
 ほら、すぐあやまるんだ。変わらない。オレが好きになったヤツは、なんにも変わってない。

「タクマさん。聞いて」
 まじめな顔をしてワタルが話し出す。甘い余韻を唇に残したまま、オレは静かに耳を傾ける。
「確かに俺は記憶を失って、あなたのことまで忘れてしまった」
 忘れられてしまった。それは確かな事実だ。ワタルは許しを請うでもなく、非を認めた。
「それでも、また俺はあなたに恋をしました。こんなにも、あなたを愛しいと」
 まっすぐに見つめられ、胸がきゅっと締め付けられる。その目を、そらすなんてできない。
「けれど、常識が俺を縛りつけた。同性にこんなに惹かれてしまうなんていけないと。指輪を、既に約束を交わした相手がいるのに誰かを想う背徳で、とても言い出すことができなかったけれど」
 頭の中はごちゃごちゃだ。言い返す言葉も見つからない。
「でも、そんなの関係なかった。この恋が正しいとか正しくないとか、そんなのどうでもいいです。だって、好きになっちゃったんですから」
 言っちゃいました、とワタルは笑ってみせる。
「本当は、安心しているんです。あの指輪の相手があなたでよかったと」
 ワタルはひざまずいてオレの左手の手袋を抜き取る。そこには変わらず、銀のリングがあった。
「ずっと、していてくれたんですね」
 そっとリングを外して、内側に記された刻印を確かめる。
「W to T…ワタルから、タクマへ。俺のものと、同じ」
 もっと早く見せてもらえばよかった、なんて言いながら首から下げていた細いチェーンに繋がれた、同じデザインのリングを取り出して見せる。持っていてくれたのか。
 ワタルはオレの左手をとり、薬指に指輪をもどしキスをする。
「あなたの姿を見て、素直になろうって決めたんです。間違ってたって、誰かに咎められたって。これは俺の、正直な気持ちなんですから」
 そうだ。
 はじめて恋に気づいたときだって、お互い、どうしたらいいかわからずに。
 誰にでも優しいおまえに、オレだけが特別じゃないってまわりに妬いて。
 それでも不器用に気持ちを伝えようとしてた。
 あのときから、お互い素直になろうと、ふたりで幸せになろうと決めたのに。
 どうしていま、素直になろうとしなかったんだろう。
「もう、俺の事は好きじゃないですか」
 ぶるぶると首をふる。そんなわけない。
「それじゃあ、まだ好きでいてくれますか」
「あたりまえだろっ、そんなの」
 ずっと、ずっと、ずっと好きだよ。
「泣かないで」
 やさしく髪を撫でられて、オレはまいってしまう。好きな相手に触れられるということは、どうしてこんなに心地よいのだろう。
「ワタル、ぎゅってしていい?」
「はい」
 少々戸惑いながらも腕をひろげ、おいで、と示してくれる。遠慮がちに細い体にしがみつくと、そっと抱き返してくれた。
「俺、いまタクマさんのこと抱いてる」
「うん」
「なんか、嬉しい」
 オレだって。
 ずっとずっと、こうしてまた抱きあいたかった。

「本当にごめんなさい」
 抱きしめられたまま、耳元にささやかれる。
「俺はあなたとの大切な記憶を、積み重ねてきた時間を、失ってしまった。それでも、あなたを愛しいと思う気持ちは、たぶんずっと心に残っていた」
「ワタル」
「もし、また記憶をなくしたとしても。千年経っても、生まれ変わっても。またあなたを見つけて、あなたを知って、きっと何度でもあなたに恋をする」
 何度でも、何度でも。オレはまたワタルに巡りあって、許されないとしても、好きになってしまうんだろう。

「もう一度、言わせてください。俺はあなたを……」
「言わないで」
「でも」
「その先は、オレが言う」
 腕をほどき、かつて見つめあった瞳を、今また覗き込む。
 やさしいまなざしは、あの時とは違うかもしれない。
 でも、この気持ちは変わらない。何度でも、何度でも言えばいい。
「それでは、誓いの言葉を」
 その台詞にワタルは一瞬戸惑うものの、理解しすぐに顔をほころばせる。
「……病める時も、健やかなる時も」
 必死に看病をした。意識が戻ったときは、本当に嬉しかったことを覚えてる。
「喜びの時も、悲しみの時も」
 記憶をなくしたって知ったときは、どうしようもなく悲しかった。でも、おまえは多分、全部忘れたわけじゃなかった。
「富める時も、貧しき時も」
 心のどこかにオレを覚えていてくれた。そうしてもう一度、好きだと言ってくれた。
「これを愛し、敬い、ともに、歩みっ……」
 オレはちゃんと話せているかな。涙で揺れて、言葉もおぼつかない。
「彼のものの、誠実なる、伴となり……愛するものを、護り」
 でも、言わなきゃ。この言葉を。

「……死が二人を分かつまで、この剣と聖女の前に、清らかな愛を誓いますか?」

「誓います」

 誰にも祝福されなくたっていい。誰にも知られなくたっていい。オレがワタルを好きな事実は、きっと変わらない。

「タクマさん、あなたは?」
「オレは、」

 愛しくて、懐かしいその瞳をまっすぐにみつめる。
 前とは同じようにいかないかもしれない。
 でも、それでもいい。
 きっと何度だって、オレはきみに言うよ。

「ワタルを愛してるよ」

 もう一度、新しい恋をしよう。





何度繰り返してもまた同じ道を選ぶ、そういう物語が好きです。

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